百年の恋 81

注)微エロ有りです



どうにか土方を宥めた山崎は胸を撫で下ろして、自室に向かった。とりあえず風呂に入り、明日の準備をして床に入る。
ほぉっと息を吐いて体の力を抜くと、途端に先ほど鼻腔を擽った土方のにおいを思い出し、一気に体の中に熱が籠った。

こんなバカな……っ

一番吃驚したのは勿論山崎自身だ。こんなこと、あり得ない。だがいくらそう思ってみても体の熱は去っていくことはなく、それどころか更に主張を始めるのだ。
痛いほどに張り詰めてしまえば、このまま放って寝ることも出来ない。男の悲しい性に山崎は仕方なく屈服した。
手をそろそろと伸ばし、熱く滾った自身に触れる。同時に躯に走る快感に、思わず小さく息を吐いた。
些か乱暴に掌で強弱をつけて幹を揉み、親指と人差し指を使って亀頭を捏ね、鈴口を押し潰すようにして刺激する。
絶頂はすぐに来た。素早く枕元に置いてあるティッシュを取って、勢い良く放出される白濁を受け止める。
大きな快感に襲われ、ぶるりと体を震わせた山崎は、だが素直にそれに身を任せることは出来なかった。
達するその瞬間、脳裏に浮かんだのは、白い裸体を曝した土方だったからだ。それは余りにも妖艶に山崎を誑かした。
土方の裸体など、幼いころから彼を風呂に入れていた山崎にとっては見慣れたものだ。最近ではそれもなくなったが、着替える時など土方は何の恥じらいもなく山崎の前で肌を曝す。
今までそれに対して、なんら思うことはなかった。なのに今は先ほどの土方の裸体を思い出すだけで、達したばかりの自身がピクリと反応する。それに山崎はぎょっとした。
そんな自信に愕然としてみても、自身は素直に反応するのだ。仕方なく山崎は再び手を動かした。
しかし今度は土方の映像が頭にこびりついて離れない。

『退……』

土方の声が耳元で囁きかけてくる幻聴にまで襲われる。そんなことがあるはずもないと自分に言い聞かせてみても、山崎の体は一気に熱を孕んだ。

「ぁ……、はっ、と、とう、しろ……さま……っ」

一度名を呼ぶともう後は止まらなかった。手を上下に動かし、快楽に身を任せる。

「と、……しろ……!くぅ……っ」

二度目の放逐。その時確かに山崎の脳裏の中では裸体の土方を押し倒し、その上に覆い被さっている自身の映像が鮮明に想い描かれていた。


百年の恋 80

しばらくその場に立ち尽くしていた山崎は、はっと我に返って慌てて車に乗った。
人の家の前でぼうっと立ち尽くしていては、単なる不審者だ。しかも相手が国内でもトップレベルの企業の社長宅なら余計だろう。
再び車に乗り込み、エンジンを駆けて発進させた。
ライトが夜の闇を光の帯となって流れていく中、山崎の思考はどうしても高杉に放たれた言葉に行き着く。
高杉は完全に山崎が土方に対して恋愛感情を持っていると思い込んでいるらしい。
ふとそうなのだろうか、と考え込む。だがどう考えてもやはりそんなことは山崎にとって、とんでもないことだった。
土方のことは愛しいと思う。いつだって彼には微笑んでいてほしい。何としても幸せになってもらいたかった。
だがそれはあくまでも彼の傅役として、である。赤ん坊の時から山崎が育ててきたのだから、それは恐らく親が子供に持つ愛情と同じ類いのものだ。
だから高杉に対して持つこの敵対心ともいえる想いは、俗に父親が娘を男に取られるときに持つと言われるものと同じものだと思っていた。
確かに土方の隣に高杉がいて、いつも山崎にするように彼に微笑みかけたら……?
そんな想像をするだけで、とくんと鼓動が跳ねた。それはどんどんと大きくなって、次第に胸が締め付けれるように痛みだす。
違う。これは自分が育て上げた愛し子を他人に取られるという、親の痛みだ。
そう自分に言い聞かせなければならない時点で、己の想いを誤魔化しているのだということに山崎は気付いていなかった。

「手数掛けたな」
「いえ。仕事ですから……」

事故を起こすこともなく帰宅した山崎はそのまま土方の部屋に向かい、高杉を無事に送り届けた旨を報告した。
風呂に入ったのか。土方は寝着に着替えていたが、きちんと髪を乾かしていないからか。髪から滴り落ちる水滴が肩に掛けているバスタオルに落ちている。
このままではしみ込んで、寝着まで濡らしてしまうかもしれない。
山崎は無言でそのバスタオルに手を伸ばし、髪の水分をワシャワシャと拭い取ってやった。
その最中にリンスの香りに紛れて彼のにおいが、ふわりと鼻腔を擽った。そのにおいに心臓は早鐘を打ったようになり、ぞくりと言い知れぬものが這い上がってくる。
これはマズい。
山崎は咄嗟に手を止めて、土方から離れた。そんな山崎に土方は不思議そうに首を傾げる。

「いつまでも子供じゃないんですから、髪ぐらいは自分で拭けるようにならないと……」
「自分で拭けるのに、お前が先に拭き始めたんだ」

すかさず反論をしてくる土方に、山崎はウッと詰まった。確かに彼の言うとおりだ。今回だって勝手に山崎がバスタオルを手にしたのだから、大きなことは言えない。

「俺だっていつまでも子供じゃない」

もしかして今のことで拗ねてしまったのだろうか。プイっとそっぽ向く土方にそんなところが子供なのだと指摘することも出来ず、山崎は笑みを堪えながら必死になって彼の機嫌を取り始めた。

百年の恋 79

山崎はそのまま無言で真っ直ぐに前を見据えて車を走らせた。
車内は再び沈黙に支配されたが、再び口を開く余裕もない。ずっと先ほど高杉が発した言葉が頭の中で何度もリフレインしていた。
いくら土方が望んでいることだとはいえ、このままでいいのか。
高杉のことは少し見直したとはいえ、完全に信じているわけではない。この男と付き合うようになって、土方が幸せになれるだろうか?
さんざん考えた挙句、山崎が導き出した答えは否だ。山崎は決意したように、奥歯を噛み締めた。
無言のまま高杉家の前に車を横付けし、運転席から降りて後部座席を開ける。高杉はさも当然とばかりにそこから降りた。謝礼を口にしただけマシであろうが、そんなことはもう山崎にとっては些細なことだ。車内でずっと考えていた言葉を発した。

「先ほどのお話ですが……」
「なんだよ」

家に入ろうとしていた高杉の背に声を掛けると、彼は立ち止って振り返る。視線が絡んだが逸らすことなく真っ直ぐ射抜いた。

「本当に高杉さまが十四郎さまのことを想っておられるなら、私は口を出しません」

こんなことはあり得ない。だがそれを否定したところできっと彼は認めないだろう。だから一応、こう牽制しておく。

「ですがもし十四郎さまを傷付けるようなことをなさった時には、高杉家の御子息といえども容赦は致しません」

本当に伝えたい言葉はこちらだ。自分の強い決意を伝えるように、云い放った。
取引先でもある社長令息に一介の執事が言っていい言葉ではないが、それでもこれだけは釘を刺しておかねばならない。
こんなことを山崎に言われるとは思っていなかったのか。高杉は一瞬呆気に取られていたがすぐに我に返り、くつくつと喉を鳴らした。

「おもしれぇ。その言葉、そっくりそのままおめェに返すぜ?」

反論された内容に山崎は思わず目を眇める。
それこそあり得ない。山崎はいつだって土方が一番で、絶対だった。

「私が十四郎さまを傷付けることなど……」
「ないって言いきれんのかよ?」

だからそう答えたのに、さらに高杉は言葉を重ねてくる。その言葉は妙に山崎に突き刺さった。
傷付けることなど絶対にしない。そう確信があるのに、どこかで何かが引っ掛かっていて、すぐに返事をすることができなかった。
だがそれが何なのか。どれほど考えても分からない。

「まぁ、せいぜい大切な坊ちゃんを見張っとくんだな」

その場で考えに没してしまった山崎に高杉はそれだけ言い置いて、その場を去る。
一人残された山崎はすぐに立ち去ることも出来ずに、しばらくその場に立ち尽くしていた。


百年の恋 78

「先ほどの話ですが……」

まさか山崎から話を蒸し返すとは思っていなかったのか。高杉は些か面食らったような顔で山崎に視線を向けた。だが口を開くことはなく、無言のまま視線で先を促すから、そのまま山崎は言を継いだ。

「私の中に高杉さまが思っているような感情はありません」
「あぁ?」

はっきりと断言すると、高杉は思いっきり不審そうな声を上げた。
彼はどうしてそんな誤解をしているのか。山崎からしてみれば、そちらのほうに首を傾げる。
確かに山崎にとって土方は何にもまして大切な存在だった。だが山崎の中ではそれ以上でもそれ以下でもない。
土方は山崎が憧れていた恵津の忘れ形見だ。今から考えると恵津への淡い想いは山崎の初恋だったのかもしれない。
その恵津から託された子供なのだから、山崎が土方に対して異常なほどに過保護になるのは致し方ないことなのに、こんな風に誤解を受けるなんてひどく不本意だ。
しかも彼は自分が使用人だから秘めた想いを隠している、などと勘繰った考えまで持っている。これはきっちりとだから説明しなければならないだろう。
本来なら赤の他人の高杉に説明するようなことでもなかったのだが、きっと話さなければ彼は納得しない。
だから彼に言って聞かせたのだ。今までのことを……。
自分にとって土方は確かに愛情を注ぐ対象ではあるが、それは決して恋愛感情はないのだと滔々と述べた。
高杉は黙ってただその話を聞き入っている。だから納得してくれたと思っていたのだが、それがまさか、こんなとんでもないことを言い出すとは思っていなかった。

「なら俺が食っちまっていいんだな?」
「なっ!」
「後ろ向くな!!」

この場合の食うの意味が分からないなど、初心なわけはない。
山崎は思わず振り返ろうとしたが、鋭い声に押し留まった。仕方なくルームミラー越しに睨み付ける。

「不埒なマネは許さないと……!!」
「別に恋人同士なら、不埒じゃねぇだろ」
「しかしまだ高校せ……っ!!」
「今どきの高校生なら、みんなとっくにヤってるぜ?」

だが全く高杉はそんな山崎にも意に介す様子もない。それどころか、いけしゃあしゃあと反論してきた。
にやりと口許に弧を描き、居丈高に言い放つその姿は余りにも様になっていて、余計に山崎の苛立ちが募る。
それにまた高杉が鼻先であしらうから、一瞬本気で殺意が湧いた。

「よかったじゃねェか。これで坊ちゃんは晴れて両想いだ。諸手を挙げて喜んでやれよ」

確かに高杉の言うとおりだ。これで土方の想いが通じるのならば喜ばないといけないだろう。
それでも高杉が本気で土方のことを想っているとはとてもではないが思えない。今の流れなら単なる山崎に対する当て付けだ。
しかしそう反論したところで、そんなことはないと言われてしまえばそれ上はどうすることも出来ない。人の想いなど、他人に見せる術はないのだから……。
ただ山崎は涼しい顔をして窓の外に流れる光景に視線を移したその横顔を、睨み付けることしかできなかったのである。

百年の恋 77

散々話し続けてようやく満足したのか。
土方の部屋を占領していた父兄姉たちが部屋を去り、解放された高杉は早速帰ることにしたらしい。
当然の如く、彼を送っていくのは山崎の役目になるということは分かっていた為、別段の驚きはしなかった。むしろその用意をして待っていたほどだ。

「じゃぁ、退。きちんと送っていってくれ」
「かしこまりました」

駐車場まで高杉を連れてきた土方に恭しくこうべを垂れて、車の後部座席を開ける。
高杉は些か吃驚していたようだ。恐らく山崎ではなく、ここまで連れてきた原田が送っていくとでも思っていたのだろう。
それでも彼はすぐにいつもの不敵な顔に戻り、車に乗り込んできた。
後部座席の扉を閉めて、自分も運転席に乗り込む。すぐにエンジンをかけて車を出した。
車内は異様な沈黙に支配され、流石の高杉も居心地が悪そうだ。
ここはやはり年上であり、土方の傅役である自分がどうにかするべきだと判断した山崎は口を開いた。

「今日はありがとうございました」

確かに今日は土方に付き合ってもらったどころか、あの家族全員に囲まれて弾丸トークを浴びせられたのだ。少しは高杉に同情する気持ちもあった。
しかしそれは高杉が発した言葉ですっかりと飛び去るのだが……。

「そんなに好きなら、奪っちまえ」
「は?」

まったく脈絡のない返事に山崎は何を言われているのか、全く理解できずにルームミラーに視線を向ける。
そこには意味深な笑みを浮かべる高杉が映っていて、視線が絡んだ。

「好きなんだろう?あの坊ちゃんのことが……。ならうだうだやってねぇで自分のモノにしちまえよ」
「な、何を言ってるんですか!私は……!!」

この男は何を言っているのか?そんなわけがあるはずがない。思わず振り返った山崎は勢い余ってハンドルを切ってしまった。

「前向けやぁ!!」

途端に鋭い叱責が飛ぶ。その声にハッと我に返り、前を向くと目の前には大きなトラックが迫ってきていて、山崎は大急ぎでハンドルを切った。

「おめぇ!殺す気か!?」
「も、申し訳ございません!」

高杉から盛大に抗議をされて一気に跳ね上がった鼓動を抑え込み、原因を作ったのは誰だと心中で悪態を吐きながら謝罪する。
なぜ彼の中でそんなことになっているのか。だが彼の言葉で自分がひどく動揺しているのが分かった。動揺することなどない。自分の中にそんな疚しい思いは、微塵ほどにもないのだからと、自分に言い聞かせる。
とりあえず彼の誤解は解いておかねばならぬだろう。
山崎は跳ね上がった鼓動をどうにか抑え込み、おもむろに口を開いた。


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